行政監視研究会

学説の検討

牧原出「崩れる政治を立て直す 21世紀の日本行政改革論」講談社現代新書

「人事院は、1990年代以降の公務員制度改革で廃止の可能性まで主張された組織である。内閣人事局の設置によって、組織として安定したばかりであり、現在の状況で政権に対する強力な主張はできないであろう。まずは内閣人事局と人事院双方の活動を客観的に評価し、助言する有識者会議を設置することが考えられる。人事院自体が有識者を人事官とした第三者機関とも言えるが、政権と対峙し、社会環境の変化に適応するには、やはり公開の有識者会議による周到な検討を背景に、政権に対して一定の注意と勧告を行った方が、組織の独立に対する政権の過剰な介入を防ぎつつ、独自の主張を公表しやすくなるであろう。」
牧原出「崩れる政治を立て直す 21世紀の日本行政改革論」講談社現代新書233~234頁

著者は行政学を専門とする東大教授ですが、このような有識者会議の提案は不適切である、と荒井達夫は考えます。それは国家公務員法が規定する人事官の任命の要件と手続を見れば明らかです。

〇国家公務員法
(人事官)
第五条 人事官は、人格が高潔で、民主的な統治組織と成績本位の原則による能率的な事務の処理に理解があり、かつ、人事行政に関し識見を有する年齢三十五年以上の者のうちから、両議院の同意を経て、内閣が任命する。

人事官は現行法制上極めて高い地位の職(厳格な任命要件と国会同意人事)として規定されており、これを超える格上の有識者会議を設置することはできない、無理につくれば国公法第5条を「誠実に執行する」(※)ことができなくなる、と考えるからです。牧原教授は「人事院自体が有識者を人事官とした第三者機関とも言える」と書いておられますが、同条を読んだことがあるのか疑問です。
※日本国憲法
第七十三条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
※2019.4.15参議院決算委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示

このような極めて格の高い職で組織される人事院が、内閣との関係で事実上独立性が失われ、回復不能な機能不全が明白となった現在、できる最良の方法は、機関の解体的見直しによる国会への権限移管であり、国会質疑の中で「参議院人事行政監視院」構想(※)が提案、議論されているのはそのためです。
※2019.6.3参議院決算委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示

現状は、人事院の違法な権限不行使=人事院による主権者国民に対する国公法の不誠実な執行というほかありません。今日の政治行政の最大の問題は、主権者国民に対して法律が誠実に執行されていないことにあり(※)、「行政監視=法律執行の監視」という視点を持たなければ、適切な改革案は提案できない、というのが荒井達夫の主張です。人事院という極めて重要な国家機関の職務怠慢を許す牧原教授の提案は、主権者国民に対して不誠実に不誠実を重ねる政策であり、はなはだしい税金の無駄となるようにしか私には思えません。牧原教授説は、私がこのホームページ「行政監視研究会」を開設する主要な動機の一つとなりました。「行政監視」は、国会の議員と職員という実務家が切り開く新しい学問分野であり、国会の議員と職員は、学説の妥当性を見極める目を持たなければならないのです。
※2017.11.30参議院予算委員会 西田実仁議員発言
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※2019.4.15参議院決算委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示

棟居快行「二院制の意義ならびに参議院の独自性―国会の憲法上の位置付けから見た論点整理―」

二院制の意義ならびに参議院の独自性―国会の憲法上の位置付けから見た論点整理―
国立国会図書館 調査及び立法考査局  専門調査員 政治議会調査室主任 棟居快行

著者は憲法学者であり、この論文は2016.2.17参議院憲法審査会において、浅野善治参考人の説明資料として議場配布されています。


・3 「法律の誠実な執行」をめぐる行政監視の府としての参議院
参議院としては、むしろ内閣の争いのない権限ないし義務であるところの「法律の誠実な執行」(憲法第 73 条第 1 号参照)につき、そのまさに「誠実な執行」を監視する、という役割を重点的に果たしてゆくことが、衆議院とは異なり決算とは区別された行政監視委員会を有する参議院の現状とも整合し、また理屈のうえでも筋が通ることになるはずである。
・おわりに
本稿は特に目新しい結論を導くものではなく、既存のいわば標準的な二院制の意義や参議院の独自性の説明に、憲法解釈上の根拠付けを与えようとする作業にとどまっていることをお断りしたい。

と書かれていますが(18~19頁)「行政監視」の憲法解釈上の根拠付けについてはこの棟居論文(2015.4)以前に荒井論文(2009.6)があります。この論文も2016.2.17参議院憲法審査会において、荒井達夫参考人の説明資料として議場配布されています。

行政監視とは何か~行政監視の本質と委員会の在り方~
行政監視委員会調査室 荒井達夫

2008年10月~2009年10月に荒井達夫が山下栄一参議院行政監視委員長と行政の現場視察を続ける中で書いたものであり、ここに「行政監視」に関する最初の憲法解釈上の根拠付けが示されています。「行政監視」とは、「行政権の行使について国会に対し責任を負っている内閣が、法律を誠実に執行するという憲法上の義務に違反していないかどうか、を国会が常時注意して見ること」である、と定義しました(55頁)。棟居論文のように単に法的根拠を示すのではなく、憲法上の根拠を示して「行政監視」を定義した点(※)が異なります。「行政監視」という文言は憲法にはなく、
行政監視とは何か、「行政監視」の明確な説明なしに憲法解釈上の根拠付けはできないからです。この点、棟居論文には重大な欠陥があると言うべきでしょう。
※2022.11.9参議院憲法審査会 西田実仁議員発言PDFファイルを表示

当時、行政監視委員会はテーマ設定と日程調整で迷走しており、それを打開する目的で荒井論文は書かれました。「行政監視とは何か、行政監視がどのようなものであり、委員会はどう在るべきか」という問題は、特に憲法規定との関係を踏まえ、根源的に論じられる必要があろう(55頁)との問題意識で、行政監視委員長との議論をまとめた内容になっています。行政監視委員会は主権在民の実現のために要となる委員会であり、国権の最高機関としての存在意義を深く自覚し、国対政治に翻弄されることなく、与野党対立の下にあっても開催され、公共の利益の実現のためにその見識を示していかなければならない(※)、というのが山下委員長の基本の考え方でした。
山下栄一「行政監視と視察(行政監視委員長・視察報告)」4頁PDFファイルを表示

行政監視にはいろいろな意味がある、行政の何でも対象にできる、では他の委員会との区別がなくなり、忙しい中やらなくてもいい、ということになりかねない。総務省の報告を聴いて質疑するだけでは霞が関の下請けになってしまう。参議院らしい委員会運営を目指さなければならない。参議院規則第74条第15号には行政監視に関する事項とあるが、そもそも行政監視とは何か。行政監視委員会創設の原点に立ち返って、わが国行政の問題で本当に議論すべき大事なことは何か、考えてほしい。」という山下委員長のお話でした。この委員長の言葉は、今日の行政監視委員会の運営についても全く同様であり、関係者に対する重大な問いかけとなっている(※)と言えます。
※2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元参議院行政監視委員長)発言PDFファイルを表示
※2012.4.23参議院行政監視委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示

現在(2022年8月)、行政監視委員会では、省ぐるみの公文書の改ざんという前例のない重大な公務員不祥事を無視する一方で、国と地方の行政の役割分担という「行政監視」とは本来無関係の問題をテーマにしていますが(※)、このような怠惰な状況が続けば、国民から単なる税金の無駄との批判が出てきて当然であると思います。関係者の知性が問われます。行政監視委員会は、「そもそも行政監視とは何か」、議論の原点に立ち返って仕事を見直すべきなのです。
行政監視の実施の状況等に関する報告書 令和4年6月 参議院行政監視委員会

棟居論文では荒井論文が参考文献にもあげられていませんが、「行政監視」は国会の実務であり、それを知らなければ真に有用な議論はできない、というのが「行政監視」の最前線にいた荒井達夫の確固たる考えです。特に棟居論文が、「監視」の法令用語としての意味や法律を「誠実に」執行することの現実的な意味に言及していない点は、実務家の目からすれば致命的であると思います。これでは本物の「行政監視」はできません。また、「行政監視」の憲法解釈上の根拠付けだけなら荒井論文で十分であり、「衆議院とは異なり決算とは区別された行政監視委員会を有する参議院」の指摘についても荒井論文(56頁)ではより詳しく述べております(さらにこちら※)。荒井論文は「行政監視」の最重要機関である参議院行政監視委員会の職員による執筆ですから、当然誠実に引用されるべきでした。学者としての知性を疑います。棟居論文は肝心の「行政監視」の定義に関する説明を欠いており、荒井論文の公表から6年近く過ぎても「行政監視」に関する議論が憲法学者の間で全然進んでいないことを示している、と私は理解しています。なお、このホームページ「行政監視研究会」を開設する時点(2022.8.26)でも「行政監視」の定義に関する憲法学者の研究はありません。
※2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
※2017.12.6参議院憲法審査会 伊藤孝江議員発言PDFファイルを表示

山谷清秀 「行政監視」は何を意味するのか

山谷清秀 「行政監視」は何を意味するのか

著者は行政学者であり、日本において「行政監視」という言葉がどのような領域で、どのようなイメージを持って使われてきたのか、その射程を明らかにし、整理を行う、という内容の論文です。

荒井達夫の論文「行政監視とは何か」が最初に検討対象にあげられており(104頁)、「行政監視は不正の責任追求なのか」という小見出しが付けられています。行政監視にはいろいろな意味があるとの主張のように思われますので、以下「行政監視」の実務経験者として注意すべきと考える重要論点について指摘しておくことにします。

①「監視」とは「特定の人、機関等の行為が義務に違反しないか等について常時注意して見ること」(有斐閣『法律用語辞典』)を言いますが、「行政監視」では本質的に監視機関の独立性が強く求められます(※)。この点非常に重要であり、行政統制一般とは異なるところです。
※2011.5.30参議院行政監視委員会 中島忠能参考人発言PDFファイルを表示

※2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人・西田実仁議員PDFファイルを表示

②政策評価も「行政監視」の一つではないか、と言われることがありますが、「行政監視」は法律が誠実に執行されているかどうかの監視であり、その対象には政策評価法(行政機関が行う政策の評価に関する法律)が含まれます。しかし、「行政監視」では個々の政策の結果の妥当性ではなく、あくまでも同法が誠実に執行されているかどうかを問題にします。参議院行政監視委員会が同法を所管する総務省から報告を聴取して質疑を行っているのも、本来それが目的と考えるべきです。そうでなければ、他の委員会との区別がつかなくなり、行政監視委員会の過重負担になります。行政監視委員会が全省庁の政策の評価をすることは元々不可能なのです。また個々の政策の評価は各常任委員会の重要な仕事であり、それ無しに法改正も新規立法も議論はできません。政策評価は第一に各常任委員会の仕事であることを深く認識すべきです。以上を前提に、参議院規則第74条第15号の「行政監視に関する事項」と「行政評価に関する事項」を解釈する必要があると考えます。

➂「行政監視」は不正の責任追求が目的ではありません。公務員の働きぶり(法律の執行)を見張る国会の活動であり、不正(法律の不誠実な執行)が起きないように常時注意して見る、という点が最重要のポイントと言えます。「行政監視」では事件発生の有無に関わらず、行政の現場視察(法律執行の現状調査)が非常に重要である、と主張しているのはそのためです。公務員不祥事の原因究明と責任追及が重要であることは言うまでありませんが、それは何より再発防止で法律の誠実な執行を確保することが目的です。

④不正が起きないように常時注意して見る、という意味では、いわゆる少数者調査権の制度も高評価はできません。事件発生後の対応でしかなく、しかも超党派を目指す「行政監視」の思想に反するからです(※1)。「行政監視」では超党派で長期継続的に活動できる方法を探ることが重要であり、そのためには事件発生以前の日常的で地味な活動、特に行政の現場視察(法律執行の現状調査)に力を入れるべきである、というのが荒井達夫の主張です。この点、勝山教子教授がフランス議会における類似の活動について述べており、国会の実務としての共通性を感じます(※2)
※1 2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元行政監視委員長)発言PDFファイルを表示
※2 2016.2.10参議院国の統治機構に関する調査会 勝山教子参考人発言PDFファイルを表示


⑤不正が起きないようにするには、特に行政の組織と人事に着目する必要があります(※1)。組織に人が配置され、そこに金が流れることで法律が執行される、という形で行政は行われるからですが、金の面の監視は税金の適正な使い方の観点から行政監視委員会ではなく、決算委員会の役割分担とするのが合理的です。なお、決算審議の目的は予算審議へのフィードバックであり、行政監視とは本質的に異なる点、要注意であり、これについては私が参議院憲法審査会で指摘しております(※2)。
※1 2011.4.18参議院行政監視委員会(末松信介委員長) 委員派遣報告PDFファイルを表示
※2 2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示

⑥「行政監視」の中心点は、法が「主権者国民に対して」(※)誠実に執行されているかどうかに置かれるべきです。行政監視は、公共の利益(=全国民に共通する社会一般の利益)の実現のために主権者である国民に代わって国権の最高機関である国会が行う活動であるからです。そこで、例えば安倍元総理の国葬については、内閣が「主権者国民に対して」誠実に法(憲法と法律)を執行することにならない、と私は考えます。
国葬のような、立法、司法、行政の三権が関わる超重要な国家の行為には当然そのための法律が制定されるべきであり、それをせずに国民の過半数が反対と見られる中で内閣が閣議決定で国葬を強行することは、「主権者国民に対して」明らかに不誠実な法の執行であり、公共の利益に反すると言わざるをえないからです 。これは憲法第73条(法律の誠実な執行義務)と第99条(憲法尊重擁護義務)に違反します。
※2017.12.5参議院財政金融委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示

⑦荒井達夫が「行政監視とは何か」の論文を書いたのは2009年であり、その後「行政監視」の議論は関係議員の努力により国会審議の中でさらに発展、深化しています。「行政監視」は国会の実務であることの証明です。今回このホームページを開設したのは、それを世に知らせるためでした。行政監視にはいろいろな意味がある、ではなく、本当に必要な行政の監視とは何か、が基本の問題意識でなければならない(※)、と考えて活動を続けているのです。それが国権の最高機関である国会の議員と職員の本来の役割だからです。参議院規則第74条第15号「行政監視に関する事項」に基づき、常に「行政監視として、参議院は何をすべきか」考えなくてはなりません。参議院の議員と職員は、「行政監視にはいろいろな意味がある」という学者の主張の意味を問わなければならず、そのような主張に実務上の実益はなく、むしろ有害でさえある、と私は考えています。「行政監視にはいろいろな意味がある」→「国会のすべての活動が行政監視につながる」→「本当に必要な行政の監視とは何か、国会は何をすべきか、考えられない」という思考になるからです。特に省ぐるみの公文書の改ざんという行政の危機的状況の中で、有用な具体策を提案できない学説の現状(「行政監視」の名に値しない)について私はそのように見ております。学者はこの深刻な状況を真剣に受け止めるべきです。
※2012.4.23参議院行政監視委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示




「行政監視研究会」は、元国会職員で大学教員の荒井達夫が主宰する「行政監視」に関する研究会です。
「行政監視」は、国会の議員と職員という実務家が切り開く新しい学問分野です。
このホームページ(2022.8.26公開)では、「行政監視」に関する最先端の国会論議を紹介します。

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