そもそも行政監視とは何か
このような質問を、荒井達夫は参議院在職中、関係議員から何度もいただきました。こちらの国会質疑(※1)もその例ですが、質問者の議員は問題意識が高く、参考人の二人の学者は「難しい」を連発して質問(行政監視強化における衆参両院の役割)の意味が理解されていないようにも感じられます。応答内容は行政統制に関する一般論や抽象論の域を出ず、「行政監視」として国会は何をすべきか、具体策の提案はありません。また、少数者調査権は「行政監視」という活動の内容ではなく、「行政監視」に使える手段の一つにすぎません。少数者調査権の行使=行政監視、ではないのです。明らかに質問の趣旨にそぐわないピンボケの応答であり、これで議員は質問を打ち切ってしまったように見えます。この国会質疑がきっかけで、当時質疑の現場にいた私は「行政監視システムは自分たち(国会の議員と職員)でつくるしかない」と力説するようになりました(※2)。「行政監視」の実務を最前線で支えてきた私にとって、この学者の発言は衝撃的なものだったのです。
※1 2013 5.22参議院憲法審査会 大山礼子参考人・只野雅人参考人発言PDFファイルを表示
※2 2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
「行政監視」と二院制に関する極めて重要な質問に対する応答が、なぜこのような的外れで中身のないものになってしまったのか。それは、学者が「そもそも行政監視とは何か」という基本の議論をしていないことによる、と私は考えます。「そもそも行政監視とは何か」、「行政監視」の意味をしっかり考えなければ、①②の問について現実を踏まえた具体的で有用な提案ができるはずがないからです。そして、「行政監視」の意味をしっかり考えるためには実務経験が必要です。「行政監視」は国会の実務だからです。実務経験のない机上の議論だけでは、本当に必要な行政の監視とは何か、問題の本質は見えてきません。
「行政監視=法律執行の監視」の現場で実際にどのようなことが問題になっているのか、実務を知らなければ現実を踏まえた「行政監視」の有用な意味づけは不可能です。また、「行政監視」の現場は国会の中だけにあるわけではありません。「行政監視」の対象は政府と官僚機構だからです(※1)。政府と官僚機構を対象とする以上、行政の組織と人事に関する専門知識(高度な実務的知識)が必要であることは言うまでもありません(※2)。このことは今日の内閣人事局をめぐる問題を見ても明らかですが、「行政監視」の実務経験と専門知識を学者に期待するのは無理なのです。
※1 都政新報2022.7.15 荒井達夫インタビュー記事PDFファイルを表示
※1 東京新聞2009.2.20天下り根絶「良識の府」が問うPDFファイルを表示
※2 2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
※2 2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
「行政監視とは何か」の論文(56~57頁)で、私は「行政監視における現場視察の意義」を強調しましたが、これに関心を持って言及した学者を見たことがありません。山下栄一氏(元参議院行政監視委員長)は、国会の参考人質疑で「行政監視活動というのは視察じゃないのか」とまで述べています(※)。山下委員長が心血を注がれた行政の現場視察とは、国会の議員と職員による法律執行の現状調査のことであり、まさに国会の実務そのものでした。これに関心を持たずに「行政監視」を論ずること自体ナンセンスである、と「行政監視」のプロフェッショナルである実務家の私は断言します。組織に人が配置され、そこに金が流れることで法律が執行される、という形で行政は行われる、その現状を見ようとしないで「行政監視」はありえないからです。この点は極めて重要であり、国会の議員と職員は自分たちが「行政監視」の議論の最前線にいることを深く自覚する必要があると思います。「行政監視」は国会の議員と職員という実務家が切り開く新しい学問分野である、と私が主張する理由はここにあります。
※2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元参議院行政監視委員長)発言PDFファイルを表示
※2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
「行政監視」とは、簡単に言えば「公務員の働きぶりを見張ること」を意味しますが、これを憲法規定(第66条第3項、第73条第1号)と法令用語(「監視」)に合わせて言えば、次のようになります。
「行政権の行使について国会に対し責任を負っている内閣が、法律を誠実に執行するという憲法上の義務に違反していないかどうかを国会が常時注意して見ること」
これは、私が山下栄一行政監視委員長との議論の中で考えをまとめたものです。また、2016.2.17参議院憲法審査会の参考人意見陳述では、憲法の関係諸規定のほか、国家公務員法の理念規定(第96条第1項)を根拠として、さらに詳しく次のように述べました。
「公共の利益の実現のために、主権者である国民に代わって国権の最高機関である国会が政府と官僚機構の活動を法の誠実な執行の確保の観点から常時注意して見ること、これが日本国憲法の下での行政監視である。」PDFファイルを表示
唯一の立法機関として国会が制定した法律が、公務員により主権者国民に対して誠実に執行されているかどうか、見張る責任が国権の最高機関としての国会にはあるはずだ、と行政の現場視察を通じて考えたのです。「行政監視」についての本質的な説明と言ってよいと思います。また、従来「政治的美称」と軽く扱われてきた感のある「国権の最高機関」に民主主義の観点から「行政監視」という法的権限の根拠を与える説明になるのではないか、と考えます(※)。「国権」に「行政監視」を読み込む新しい憲法解釈の提案です。
※2015.5.27参議院憲法審査会 西田実仁議員発言PDFファイルを表示
※2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
・以上の国会の実務を前提とする「行政監視」の意味と定義づけを出発点とすることで、①②の問について有意義な議論ができる、
・参議院行政監視委員会は、「そもそも行政監視とは何か」議論の原点に立ち返って仕事を見直すべきである、
・参議院改革協議会は、「行政監視」の定義に基づいて「参議院における行政監視機能の強化」について再度検討し直す必要がある、
・「行政監視」では行政の現場視察を重視すべきであり、行政の組織・人事に詳しい「行政監視」のプロフェッショナルを早急に育成する必要がある(※)、
と私は考えています。
※2010.5.10参議院決算委員会 山下栄一議員(元参議院行政監視委員長)発言PDFファイルを表示
※2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元参議院行政監視委員長)・浜田和幸議員発言PDFファイルを表示
※「参議院行政監視研究所」構想(2023.8.15公表)PDFファイルを表示