行政監視研究会

「参議院行政監視研究所」構想

国会が行政監視機能を発揮するためには、「行政監視」のプロフェッショナルの育成が極めて重要です。参議院改革協議会は2018年6月1日、「参議院における行政監視機能の強化」について報告を行いましたが、その中に次のような記述があります(2頁)。

4 スタッフの充実・強化等
以上の実施に当たり、行政監視委員会の活動を支えるスタッフの育成、外部人材の活用も含めた充実・強化についても、所要の措置を講ずる。

実務では、参議院行政監視委員会の所管を定める参議院規則第74条第15号「行政監視に関する事項、行政評価に関する事項、行政に対する苦情に関する事項」に基づき、行政監視委員会は、第一に「行政監視」として、①どのような活動を、②どのような体制で行うかを具体的に考えなければなりません。したがって、充実・強化が必要とされる行政監視委員会のスタッフとは、何よりもまず「行政監視」のプロフェッショナルでなければなりません。ここでは「行政監視」と「行政評価」の概念の区別が非常に重要です。行政監視委員会は、その名の通り、「行政監視」を目的とする機関として創設されたことを深く認識すべきです。

また、「行政監視」とは、学者が言う政府統制」や「行政府監視」とは異なることに注意する必要があります。国会法第41条では「行政監視委員会」参議院規則第74条第15号では「行政監視に関する事項」と規定されていますが、現行法制上「行政監視」とは何かについて定めた規定がありません。そのため、「本当に必要な行政の監視とは何か」という問題意識を持ち、「行政監視」の意味を明らかにし、その定義付けを行う必要があります。そうでなければ、「行政監視」は国会の実務として成り立ちません。「行政監視」の定義をせずに、「政府統制」や「行政府監視」という内容が明確でない学者独自の造語を使うことは、議論の混乱を招き、実務に悪影響を及ぼします。例えば、「国会のあらゆる活動が行政監視につながる」、参議院行政監視委員会が「政府統制」や「行政府監視」という議会の重要な機能を担っていると言われれば、行政監視委員会は何をやっても「行政監視」になると誤解する者が出てきます。「行政監視」の定義は議論の要であり学者がこの極めて基本的な事柄を理解していないと私は考えています。国会が行う行政の監視について論ずる際に、わざわざ法制上の「行政監視」とは異なる「政府統制」や「行政府監視」という言葉を使う理由(合理的根拠があるか)を問わなければなりません。私は、学者が単に「行政監視」を定義できないからだと考えていますが、国会の実務家は学説の妥当性を見極める目を持つべきです。

そこで、荒井達夫は、参議院に「行政監視」を専門とする研究機関を設置する案(※1)を考えました。「行政監視」の定義に基づき、「行政監視」という国会の実務を究めるための研究・研修機関であると言えます。政治行政の現状を踏まえ、本当に必要な行政の監視とは何か、国会は何をすべきか、常に考え行動する実務家の育成を目指します。組織に人が配置され、そこに金が流れることで法律が執行される。その形で行政は行われるとの基本認識の下、国会議員による行政の現場視察(法律執行の現状調査)を十分にサポートすることができる「行政監視」のプロフェッショナル(※2)を多く作り出すことが最重要課題です。
※1 「参議院行政監視研究所」構想(2023.8.15公表) PDFファイルを表示
※2  2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元参議院行政監視委員長)・浜田和幸議員発言PDFファイルを表示
※2  2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元参議院行政監視委員長)・風間直樹議員・杉久武議員発言PDFファイルを表示

参議院改革協議会報告書には「外部人材の活用」とありますが、自前のプロの参議院職員を育てることを目標にすべきです。安易に行政官庁との人事交流を行えば、霞が関の植民地となりかねません。特に、行政監視委員会の調査室長や首席調査員のポストが霞が関人事の一環に取り込まれれば、間違いなく「行政監視」としての補佐機能は停止します。参議院事務局側から幹部職員の退職後の天下り先を期待して霞が関のキャリア職員を受け入れるという最悪の事態さえ、想定できます。その場合、「行政監視」において最も重要な行政の組織・人事に対する監視は全くできなくなり、行政府に対峙して、国会独自の「行政監視」を行うことは不可能になるでしょう。また、必要とされるのは単なるキャリアではなく、「行政監視」のための専門知識であることを忘れてはなりません。その意味で、人事院や総務省行政評価局、会計検査院等の実務経験豊かな、調査業務に詳しいノンキャリアの退職者を採用することは、十分にあり得る選択ではないかと考えます。

「議員の依頼に的確に対応できる行政監視のプロフェッショナルの育成は、喫緊の課題であり、そのためには研修制度の整備が必要である。特に行政組織法と公務員法に関する実践的な専門知識を習得する一方、問題の本質について自分の考えをまとめる訓練(プロフェッショナルに必須である)を集中的に行う研修を行うべきである。」と私は主張してきました。

この点に関し併せて考えなければならない問題として、参議院事務局の調査室長である「専門員」の人事があります。国会法第43条の規定「常任委員会には、専門の知識を有する職員(これを専門員という)を置くことができる」が形骸化・空文化している、と山下栄一議員(元参議院行政監視委員長)は述べています(※)。「行政監視とは何か。行政監視として、どのような活動を、どのような体制で行うべきか」、明確に説明できる能力のある人物を組織のトップに就けなければなりません。公文書の改ざんや国葬のような重要問題について、どのような視点から議論すれば本当の「行政監視=法律執行の監視」につながるのか、説得力のある話ができるための専門の知識を有する者でなければならないのです。
「行政監視にはいろいろな意味がある。国会のあらゆる活動が行政監視につながる」などと、学説を鵜呑みにしたような中身のない話をするようでは、全く役に立ちません。
※2010.5.10参議院決算委員会 山下栄一議員(元参議院行政監視委員長)発言PDFファイルを表示

ところが、「行政監視」と「行政評価」の区別(参議院規則第74条第15号)を意識せずに、総務省の機能を活用する行政監視委員会の運営について語る専門員がいるが現状です。これでは、到底「行政監視」に関して「専門の知識を有する職員」とは言えません。「行政監視」と「行政評価」の違い、さらにこれらと総務省が行う「行政評価・監視」及び「政策評価」との違いを説明できなければなりません。そうでなければ、国会独自の「行政監視」は不可能です。公文書の改ざん事件等で明らかなように、「行政監視」では本当に必要な行政の監視とは何かが問われます。そして、重大な行政の組織・人事の問題につながる事案は、総務省が調査の対象にしないことが多いのです。「行政監視」は霞が関と一緒にできないという基本認識が必要であり、このような問題意識のない職員が行政監視委員長に対して有意義なアドバイスを行うことを期待するのは難しいでしょう。「行政監視」では、行政の組織と人事に対する統制という観点が最も重要であり、それを国会による常時監視の仕組みにすべきです。参議院改革協議会報告書が求める行政監視委員会の通年的な活動も、その観点から計画されるべきです。行政監視委員長に対しては、このような内容で具体的なアドバイスをする必要があります。
「参議院行政監視研究所」の創設は、こうした専門員人事の正常化に大きく貢献すると考えます。

なお、現在(2024年8月)、行政監視委員会では、省ぐるみの公文書の改ざんという前例のない重大な公務員不祥事を無視する一方で、国と地方の行政の役割分担という「行政監視」とは本来無関係の問題を長期のテーマにしています(※1)。このような行政監視委員会の責任放棄とも言うべき怠惰な状況が続けば、国民から税金の無駄遣いとの批判が出るのは当然でしょう。関係者の判断力や責任感が問われます。「行政監視にはいろいろな意味がある。国会のあらゆる活動が行政監視につながる」という発想の結果であり、特に議員を補佐する事務方の責任は重大であると思います。行政監視委員会は、「そもそも行政監視とは何か」という議論の原点に立ち返り、仕事を見直すべきです(※2)。
※1 行政監視の実施の状況等に関する報告書 令和6年6月 参議院行政監視委員会
※2 2012.4.23参議院行政監視委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示

地方の行政の問題をテーマにするにしても、第一に法律が主権者国民に対して誠実に執行されているかどうかという観点で議論する委員会運営を目指すべきです。例えば現在、鹿児島県警や兵庫県知事の事件で地方の行政の重大な問題になっている公益通報制度は、国の行政の問題としても重大であり、行政監視委員会がテーマにするに値する事項であると言えます。特に現行の公益通報者保護法の仕組みを、行政の組織・人事の問題(公正で能率的に機能しているか)との関係で考える必要があります。公益通報制度が公務員法に整備され、機能していれば、これら地方自治体における事件や財務省の公文書改ざん事件で、真面目な職員が自ら命を断つという痛ましい結果にはならなかった可能性が高いと私は考えます。職員の命を守るために、国の人事院や地方の人事委員会が動く仕組みをつくるべきです。私が提唱する「参議院人事行政監視院」構想は、公務員による公益通報を射程に入れた制度改革案です。この問題は、行政監視委員会の創設の原点(行政の組織・人事のあり方が問われる)につながる極めて重要な問題であり、これをテーマにしない行政監視委員会は存在意義を失うと言うべきでしょう。この点で、「参議院行政監視研究所」の創設は、行政監視委員会のテーマ設定にも大きく貢献すると考えます。



「行政監視研究会」は、元国会職員で大学教員の荒井達夫が主宰する「行政監視」に関する研究会です。
「行政監視」は、国会の議員と職員という実務家が切り開く新しい学問分野です。
このホームページ(2022.8.26公開)では、「行政監視」に関する最先端の国会論議を紹介します。

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