緊急事態条項、自衛隊と行政監視の関係を整理する
●緊急事態条項は行政監視システムとセットでなければならない
現在(2026年1月)、国会では、憲法に緊急事態条項を新設する議論が出ていますが、それ以前の問題として、法(すなわち憲法と法律)を誠実に執行できる政府と官僚機構を実現するための制度的基盤の整備が不可欠です。そもそも、平常時でさえ公文書の改ざん等によって法のルールを守れない政府と官僚機構に、緊急事態条項の適正な運用を期待することはできません。緊急事態条項が正常に機能するためには、官僚機構が健全で、法を誠実に執行できる状態になければならない。そうでなければ、緊急時に内閣は統治不能に陥ることになる。このことを真剣に考えるべきなのです。
防衛行政は年間9兆円に達する超巨額の予算を伴う法執行であり、特に平常時において組織・人・金という観点からの監視を徹底することが重要です。行政権に権限が集中する緊急時で不祥事が発生した場合には、情報の隠蔽が生じるおそれが極めて高く、それが内閣の存立に重大な影響を及ぼすことは、歴史的にも国際的にも繰り返し確認されてきた現象です。さらに、与党が単独で衆議院の3分の2を超える議席を占める政治状況では、衆議院・内閣・官僚機構の一体化が進行し、緊急事態条項が発動された場合に、衆議院が政府と官僚機構の活動を第三者的にチェックすることは、制度的にほぼ不可能になります。このような状況では、参議院の行政監視機能に期待するほかありません。現在の緊急事態条項をめぐる議論では、衆議院議員の任期延長が主要な論点とされていますが、これは本質を外した議論と言うべきです。任期延長は内閣を延命するだけで、国会の監視機能を高めるどころか、むしろ弱める結果を招きます。選挙を経ない衆議院と、その多数派が支える内閣が一体化し、第三者的チェックが機能しなくなるからです。緊急事態条項の本質的なリスクは「行政監視」の欠如であり、この問題は任期延長では解決しません。この制度的空白を埋める現実的な解として、参議院における行政監視機能を強化・制度化する「参議院行政監視院」構想が位置づけられます。
(参議院の「自律開催権」を新設すべきである)
また、衆議院議員の任期延長が内閣に対する国会の統制維持を根拠とするのであれば、解散のない参議院に「自律開催権」(参議院が内閣の召集に依存せず、自ら国会を立ち上げる権限)を新設することも、同時に検討されるべきです。民意という背景を失った衆議院を特別措置で延命させる以上、民意に基づく正統性を確実に保持する参議院が、自らの判断で緊急時対応のために会議を開けるようにするのは、制度論として極めて自然です。すなわち、参議院の「自律開催権」の創設は、緊急事態条項が抱える最大の欠陥(行政監視の空白)を補完する仕組みとなります。衆議院の任期延長を正当化する論理を採用するのであれば、参議院の「自律開催権」は制度的必然と言えます。これは、現行憲法が緊急時には参議院の緊急集会(第54条第2項)で対応することを予定している点にも、合致すると考えます。
我が国の政府と官僚機構は、「公共の利益、すなわち、全国民に共通する社会一般の利益」のために、全力で働き、法を執行している場合にのみ、主権者国民に対して誠実で、真の「全体の奉仕者」であると言える、そうでない場合は、国民全体の意志を代表せず、正当性を持ち得ません。行政が「全体の奉仕者」としての正当性を実証して初めて、緊急事態条項の議論は制度的に可能になります。
立憲主義の要請から、最低限、実効性のある行政監視システムとセットでなければ、緊急事態条項は提案されるべきではないと考えます。国民主権の原理に基づき、国会が主権者である国民に代わって政府と官の活動を監視することこそ、本来の「行政監視」です。これは、非常事態における「法律の誠実な執行」(憲法第73条第1号)を確保するためにも不可欠であり、その重要性を私はこれまで主張してきました(※)。荒井私案は、平常時・緊急時を問わず行政監視を統治機構に組み込む構想であり、国家というシステムの健全性を公文書による記録と国会による論理的監視によって24時間365日維持するための設計図と言えます。
※三俣真知子・荒井達夫「東日本大震災と憲法 ― 参議院憲法審査会の議論を振り返って ―」立法と調査331号77頁
●自衛隊を「国土防衛隊」と「緊急援助隊」に改編する
また、自衛隊については、現行の自衛隊法に定められた任務区分に基づき、軍事的任務(防衛出動等)と非軍事的任務(災害派遣、国際緊急援助等)を制度的に分離し、それぞれを担当する組織として「国土防衛隊」と「緊急援助隊」を新設・改編するのが良いと考えます。これにより、自衛隊の二重的性格を整理し、両組織を行政機関として「行政監視=法律執行の監視」の枠組みに明確に位置づけることが可能となります。特に「国土防衛隊」の業務については、軍事に関する行政作用である防衛行政として明確に位置付け、国会の監視下に置く必要があります。この再編案は、憲法第9条との整合性の確保、文民統制の実効性の強化、行政監視の制度化と防衛行政の透明性の向上、国民への説明責任の明確化といった統治機構上の主要課題に対して、体系的かつ筋の通った解決策を提供します。なお、国土は、領土・領海・領空で構成され、国土防衛隊は、その意味での国土を防衛することを任務とします。また、国家の作用から立法と司法を除いた残余が行政とされており、「国土防衛隊」と「緊急援助隊」の任務も当然、行政に含まれることになります。
そこで、憲法第9条については、第1項を維持したまま、第2項を次のように改正することを提案します。
「前項の目的を達するため、国土防衛隊及び緊急援助隊を保持するものとする。」
この文言は、憲法第9条第1項の戦争の放棄、武力による威嚇・行使の否認を前提にした上で、同項の目的達成に必要な組織を保持するという構造になっています。この内容の改正であれば、第2章の章名も「戦争の放棄」のままで不自然ではありません。また、「戦争の放棄」は、平和国家日本を象徴する憲法規定ですから、そのまま維持するのが良いと考えます。
「国土防衛隊」は、その名のとおり、国土(領土・領海・領空)の防衛を主要な任務とする実力組織(軍事的組織)です。国家は、国土・国民・主権の三要素によって成立します。したがって、他国による武力攻撃で国土が侵害される事態は、国家の存立そのものが脅かされる重大な危機といえます。このような事態に対処するために、国家は国際法上、本来の権能として自衛権を保有しています。「国土防衛隊」は、この自衛権を具体的に行使するための組織として位置づけられ、国内法上は行政機関の位置づけですが、国際法上は「軍隊」の扱いになります。すなわち、「国土防衛隊」は、国内法上は「公共の利益」実現のための行政機関として文民統制および行政監視の枠組みに服する一方、その任務と能力の実質に照らし、国際法上は「軍隊」として扱われるということです。英語訳は、「National Territorial Defense Force」であり、これは国際法上の扱いを明確にし、外交上の透明性を高めます。「自衛隊(Self-Defense Forces)」という名称は、国際社会では「軍隊なのに軍隊と呼ばない」という特殊性ゆえに誤解を招きやすいですが、「国土防衛隊」であれば、その問題が解消し、国際法上の保護がより確実になり、結果的に隊員の安全確保につながります。このメリットは極めて重要です。
●集団的自衛権、敵地攻撃能力の是非の議論は不要になる
「国土防衛」という明確な目的に限定されるため、自衛権行使が個別的か集団的かという区別は本質的な問題ではありません。目的が明確であれば、どのような自衛権を行使するかは手段の問題に過ぎないからです。すなわち、「国土防衛」の目的を達成するために必要な限度で、個別的・集団的自衛権のいずれの手段も選択可能となるということです。したがって、集団的自衛権の是非をめぐる議論は不要になります。さらに同様の論理で、「敵地攻撃能力」の有無は、「国土防衛」という目的を達成するための手段の選択にすぎず、憲法論としての議論は不要となります。現在の憲法第9条をめぐる議論は、「自衛権」や「自衛隊」という語句をどのように条文に書き込むかという手段的な問題に偏っています。しかし、本来まず問われるべきは、国家が警察力を超える実力組織を保持する目的は何か、という根本的な規範設定です。荒井私案は、この欠落を補うために、実力組織の存在理由を「国土防衛」という目的に限定して憲法上明確にしています。
また、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という、前項(第9条第1項)の目的が「公共の利益」の実現であることは、議論の余地がありません。「公共の利益、すなわち、全国民に共通する社会一般の利益」が、対外的な問題に関係した時、それが「国益」として現れるわけです。この整理により、憲法第9条第1項と第2項の規範構造が「公共の利益」を目的とする一貫した体系を持つようになります。「一般意志(国民全体の意志)は公共の利益のみを目指す」を前提に、第1項で法目的を、第2項で法手段を定めるという明解な構造です。緊急事態条項の是非と自衛隊の在り方は、「行政監視に関する荒井・竹田説」と「衆議院内閣制+参議院行政監視院」構想によって解決できる問題であると、荒井達夫は考えています。これは、従来の自衛隊明記論や9条改正論とは次元の異なる、統治機構全体を再設計する提案です。民主主義国家では、国民に負託された監視を前提としない、軍隊も緊急事態もありえません。
なお、自衛隊が本来の「防衛」という枠を超えて、クマ対策や家畜の防疫といった民生支援の便利屋のように扱われている現状に対し、「緊急援助隊」構想は、極めて適合性が高いと考えます。そもそも憲法改正は、憲法の条文と現実とのズレを是正し、法解釈上の問題を解消するために行うべきものです。しかし、憲法第9条に自衛隊を明記するだけでは、集団的自衛権等をめぐる解釈上の問題は何ひとつ整理されません。その意味で、この種の改憲案には合理性があるとは言えません。これに対し、荒井私案は、実力組織の存在理由を「国土防衛」という目的規範として憲法に明示することで、70年以上続いた手段論中心の解釈論争を不要にするとともに、災害等の今日的な課題にも制度的に対応し得るという、きわめて強い合理性を備えています。憲法第9条を現状に合わせて、目的と手段の関係を明確にした条文化であり、法解釈上も当然のことを述べたに過ぎません。