現実が見えない哲学者に「行政監視」はできない
武田康弘氏が運営するウェブサイト『白樺教育館』には、『旧友の竹田青嗣さんとわたし武田哲学=恋知との根本的な違い』という題名の記事が掲載されています。この記事は元々はAmazonでの書評投稿であり、「竹田青嗣さんや彼のグループの方からの返信をお待ちします」という武田氏の非常に強いこだわりがうかがえます。そこには、「わたしがお誘いし、参議院で一緒に客員調査員(官僚への講師)を務めたこともある竹田さんですが、哲学書の読解は得意でも、あまりに現実を知らないのは残念です。そのためにおかしな歪みが出てしまい、自己の少ない経験が絶対化してしまいます。公共問題も教育問題も実体験としてはほとんど知らずに、哲学言語ゲームの枠内で何でも言えるという勘違いが、とてもマズイ影響を自他に与えています 」、「竹田真理学に陥っている方は、ご自身の日々の体験につき、それをご自分の頭で考えて、ご自分の現実を生きるようにと願います」とあります。これは一般の誤解を招く、非常に問題のある情報発信です。
まず、武田康弘氏の影響力で、竹田青嗣氏が客員調査員になったかのように受け取られる発言ですが、参議院調査室の客員調査員は非常勤の国家公務員であり、そのような経緯での任命はあり得ません。本件の採用人事に深く関わった私は、この非常識な記述に驚き、その現実認識の欠如に呆れ、怒りすら覚えました。竹田青嗣氏への客員調査員の委嘱は、竹田氏が著名な哲学者であり、早稲田大学教授であり、竹田説の創設者であることを理由として極めて円滑に行われました。さらに、行政監視委員会調査室での講義に対する反応と評価を謙虚に受け止めれば、この記事のような傲慢かつ無礼な発言はあり得ません。竹田青嗣氏に対する歪んだ対抗意識(自身の方が哲学者として優れているという勝手な思い込み)が露呈しており、哲学者ゆえの異様な見苦しさを感じます。
また、武田氏は、竹田青嗣氏の著作について、「人間から牙を抜いて保守化させる効果は見事なまでにあります」と批判しています。しかし、「行政監視」における竹田説の重要性を考えれば、この批判が完全に的外れであることは明白です。「行政監視=法律執行の監視」は、現実の政治行政をより良く動かすために、国会の議員と職員という実務家が切り開いた新しい学問分野です。その革新的な研究を行う参議院の調査室で、武田康弘氏は竹田青嗣氏と一緒に客員調査員を務めながら、一体何を見てきたのか。客員調査員が不適格だったことを自ら証明するような、あまりにも愚かな批判に呆れるばかりです。山下栄一行政監視委員長と荒井達夫首席調査員が、行政の現場視察を通じて既に掴んでいた原理「行政監視=法律執行の監視」を、論理として定式化すること、これが二人の客員調査員に期待された役割でした。竹田青嗣氏はそれに応え、武田康弘氏は理解すらできなかったのです。
むしろ、古典にこだわる武田康弘氏こそ、参議院の客員調査員に任命されたことで自己をひどく過信し、不遜になり、現実が見えなくなっていると判断します。現状は、事実を事実として認識できない段階に至っており、インターネット上で看過できない誤情報を堂々と流布し、社会に有害な影響を及ぼしています。社会契約説の意味と本質を全く理解していない荒井達夫に武田康弘氏がそれを教えた。その結果、武田氏は参議院の客員調査員となり、武田思想が「国会からの行政監視を支える中心哲学」と認められた。このような妄説を、一般の方々が決して信じることのないよう願います。私は2016年7月、武田氏に対し、荒井達夫の名前を利用して誤解を招く情報発信をしないよう申し入れました。しかし、「過去を否定するつもりか」、「荒井達夫が社会的に認知されたのは、武田康弘のおかげだ」という返答があり、結果として逆効果となりました。私は、その想像を絶する不遜な対応に呆れ果て、関係を断ちました。その後も9年間、荒井達夫の名前を利用し、事実を歪めた情報が繰り返し発信され(PDFファイルを表示)、対抗手段を持たない私は非常な迷惑をこうむりました。しかし、このたび、自ら開設したウェブサイトで、ようやくこの状況に関する真実を詳しく公表することができました(2025年4月)。
「核心です」、「実は、このルソーの社会契約説(主権在民)に則らない新しい日本国憲法案をつくりたいという自民党議員が、国会所属の官僚に相談してきたことが、わたしが、参議院事務局長から『行政監視委員会調査室の客員調査員』を任命された理由なのです」
しかし、参議院の事務総長や行政監視委員会調査室が、組織の業務として、このような政治的中立に反する活動(武田思想で自民党改憲案を潰す?)を行うことはあり得ません。この任命理由の曲解は明らかに異常であり、誇大妄想に基づく事実の捏造と言わざるを得ません。武田氏は、自身が参議院の議員や職員を思想的に指導する特別な存在になったと思い上がったのでしょう。公務の現実を知らず、頭の中の論理に閉じこもり、目の前にある国会実務や法の手続きを無視して、自分に都合の良い物語(虚構)を作り上げたのです。「哲学言語ゲームの枠内で何でも言えるという勘違い」という竹田青嗣氏への批判は、まさに武田康弘氏自身に向けられるべきものです。客員調査員に任命されたことで、これほどまでに現実認識が歪むとは驚きです。これは、哲学の問題以前に社会人としての常識を疑わなければならない話(病的な自慢話)です。武田氏を行政監視委員会調査室の講師として招請することを企画・提案した者として、現在の極めて異常な状況に対し、責任を痛感しております。また、このような自己宣伝のための作り話に荒井達夫の名前が利用されたことに対し、強い憤りを感じています。とにかく、「行政監視」の目的のために、この勘違いが過ぎる、現実が見えない哲学者から学ぶべきものは、もう何もありません。
なお、武田康弘氏は、「元参議院行政監視委員会客員調査員」の肩書で言論活動を行っています(PDFファイルを表示)。この点について、任命理由(「行政監視」の理論研究のため、「行政監視」と民主主義思想の関係を調査する)から逸脱していないか、参議院調査室は公的権威の濫用に注意が必要であると考えます。そもそも、「東大病」を論じていた哲学者が、いまや権威主義の肩書依存に陥っている。実に恥ずかしい話です。武田氏は、「参議院行政監視委員会客員調査員」の肩書に目がくらみ、それまで強く批判してきた権威主義に呑み込まれ、哲学者としての根本的態度を自ら手放したと私は見ています。
結語
本件の公表は、私にとって決して望ましい選択ではありませんでした。公共の利益に資すべき哲学者が、実務の場である国会において混乱を招き、公的機関の権威を私的に利用することは、「公共哲学と公務員倫理」を語る者としての倫理的破綻を意味します。公私の区別を論じていた当人が、現実にはその最も基本的な規律すら守れなかったのであり、これはまさに茶番と言うほかありません。2016年に武田氏に訂正を申し入れて以降、私は9年間沈黙を保ち、個人的対立を避けることが最善であると考えてきました。しかし、誤情報の発信は止まらず、発言はさらにエスカレートし、私の名前が事実に反する物語の材料として繰り返し利用される状況が続きました。こうした行為は、武田氏のウェブサイト、ブログ、フェイスブックへの投稿、さらには印刷物の発行にまで及び、度を越えて執拗でした。その結果、「行政監視」の制度的理解にまで悪影響が生じるに至りました。哲学的な言葉を用いて独自の自己物語を構築する武田康弘氏(PDFファイルを表示)は、結果的に「行政監視」に全く適合しない人物でした。
2025年3月、「行政監視に関する荒井・竹田説」に基づく憲法改正案を公開するにあたり、沈黙を続けることは、もはや「行政監視」という公共的領域に対して不誠実だと判断しました。「竹田説」を理論研究の中心に据えたからこそ、荒井達夫は武田康弘氏の個人的な妄想(判断者は自分、基準も自分、しかし自分自身はその基準の対象外という閉じた独裁的構造)に惑わされることなく、国会の実務に基づいた独自の「行政監視論」を完成させることができました。必要だったのは、個人の思想的主張や道徳的感覚ではなく、制度を支える普遍的な原理でした。この公表は、私自身にとって苦渋の決断です。しかし、「行政監視」の正確性と国会の制度的中立性を守るためには、避けて通れないものでした。
2025年3月、「行政監視に関する荒井・竹田説」に基づく憲法改正案を公開するにあたり、沈黙を続けることは、もはや「行政監視」という公共的領域に対して不誠実だと判断しました。「竹田説」を理論研究の中心に据えたからこそ、荒井達夫は武田康弘氏の個人的な妄想(判断者は自分、基準も自分、しかし自分自身はその基準の対象外という閉じた独裁的構造)に惑わされることなく、国会の実務に基づいた独自の「行政監視論」を完成させることができました。必要だったのは、個人の思想的主張や道徳的感覚ではなく、制度を支える普遍的な原理でした。この公表は、私自身にとって苦渋の決断です。しかし、「行政監視」の正確性と国会の制度的中立性を守るためには、避けて通れないものでした。